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gentle avenger の冒険

キュウレンジャーの感想を心の話を軸に書いてます!セイ!ザ!チェンジ!!!!

キュウレンジャーは何がすごいのか? -テーマ考察-

よっしゃラッキー!三十六です。

放送開始1ヶ月にして、既に期待をはるかに上回る展開で私を惹きつけてやまないキュウレンジャー

 戦隊ものはジュウオウジャーから見始めた私ですが(Amazonプライムゴーカイジャー視聴中)、そんな戦隊ものペーペーの私でもキュウレンジャーのテーマが画期的で素晴らしいことくらい分かります。

 

 ラッキーという主人公

ジュウオウジャーの主人公(レッド)・風切大和は、“常識的で何事にもソツがない好青年、でも頑固で人との間に壁を作ってしまう所のある”キャラクターでした。

対して、キュウレンジャーの主人公・ラッキーは“テキトー&アホ”って感じでしょうか。

いいえ、ラッキーはただテキトーでアホなだけの男ではないですよ。テキトーでアホなんですが、それがどんだけすごいことなのか、当エントリで説明してきたいと思います。

 

ちなみに、ラッキーのキャラクターはキュウレンジャーのテーマに直結していると私は確信しています。

私は、ラッキーというキャラクターを今の時代の子供向け番組の主人公に据えたところに、スタッフの心意気を感じるのです‼︎‼︎‼︎‼︎

突飛な話に聞こえるかもしれませんが、絶対そうなんです‼‼‼‼‼! 読めば分かる!‼!‼!‼

 

出来事それ自体には意味はない

「出来事には意味がない、自分がそれをどう評価するかで出来事の持つ意味がプラスにもマイナスにもなる。」

自己啓発とかでよく聞く話です。

 

例えば、“子供がご飯中にお茶をこぼして床が濡れてしまった。”という出来事。それ自体にプラスの意味もマイナスの意味もない。

「あーぁ、忙しい時に限ってこうなるよなぁ…。ついてねぇ〜…。」と思えば、その出来事はマイナスの意味を持ちます。

「よっしゃラッキー!!ずっと床を拭き掃除しなきゃって思ってたんだったー!」と思えば、その出来事はプラスの意味を持ちます。

 

「うんまぁ…言いたいことは分かるんだけどさぁ…。」ですよね。

忙しい時にお茶こぼされて「よっしゃラッキー!」って無理ありすぎじゃん、と。どう考えてもそれは「うわっ最悪だ!」な出来事じゃん、と。「よっしゃラッキー!」とか言ってたらもうギャグじゃん、と。

 

そうなんです。感情の動くまま自然に任せてりゃ「ついてねぇ〜!最悪だ!」ってなるのが普通ですよ。

だから、「何が起こっても俺はそれをラッキーと評価するぜ!」っていうのはある種の覚悟なんです。

出来事のネガティブな面を見て「最悪だ、ついてねぇ〜…。」って言ってるのって一見同情すべき態度のようですが、「不幸という抗えないものに見舞われているのだから自分にはどうしようもない。自分は不幸の被害者だ。」と、自分の“逃げ”を正当化できる面もあるんですよね。

一方、何が起きてもポジティブな面を見るという態度は、「自分は何が起きても対処できる。自分で対処する‼︎‼︎‼︎‼︎」という覚悟、自分自身に対する信頼がないと取れないのです。

 

 

ラッキーとは結果ではなく物事を評価する態度

ラッキーはラッキーマンガモウひろし)的な強運の持ち主ではない。見方によっては全然ラッキー起こってないし、むしろアンラッキーな所さえある(墜落ばっかしてるし、自分だけ見せしめに宇宙にポイされるし)。

ラッキーは決して決して決して決して、“ツキまくってる”のではないのです。“ツキまくってると強く信じ Oh Yeah!Oh Yeah!Oh Yeah!”なのです。

 

普通に考えたらマイナスにしか思えない出来事も「よっしゃラッキー!」とラッキーな側面を見て、行動を止めない。

行動を止めず、何度も何度も本当にラッキーが起こるまで試行を続けられるのです(結果、キュウレンジャーの先輩であるスパーダやハミィでさえ知らなかったボイジャー合体を成し得たりする)。

 

ラッキーとは、出来事が勝手にいい結果に転がってくれることではないのです。どんな物事にも必ずラッキー(プラス)な側面は存在する。何が起ころうと俺はそのラッキーな面を見る!という態度、覚悟なのです。

 

ラッキーはテキトーでアホなのか

エントリの流れ的には「ラッキーって、テキトーでアホに見えるけど実は肝の座ったクレバーな奴なんですよ。」みたいになりそうなんですが、いいえ、ラッキーはテキトーでアホです。

そして、ラッキーはテキトーでアホと思われることを全く恐れていません。

 

「よっしゃラッキー!…ってアホみたいに思いまっしゃろ?いやいや!実際色々深い考えがあるんですわ!でもワテ頭いいだけやのぉて親しみやすさも持ち合わせてる稀有なタイプの知識人ですさかいに、アホっぽくやってまんねん。頭よすぎるのも嫌味でっしゃろ?アホと思ってくれて全然ええんでっせ!」みたいな予防線を張る必要なんてラッキーには全くない。ラッキーはそんなこと言わない!‼‼!‼‼‼‼‼‼!

 

自分がテキトーだろうがアホだろうが、問題ないから、そんな自分を責めることもない。要は自己肯定感バリ高なんですね。

「テキトーでもアホでも、それが俺だよラッキーだよ‼︎‼︎‼︎‼︎」の前には「アホよりクレバーなほうがよくない?」とか「テキトーじゃ色々困ると思うよ?」なんて他人の意見はひとえに風の前の塵に同じ。ラッキーには聞こえてないでしょうね。

 

ありのままの自分をそのまま受け入れること。これもまた覚悟です。

クレバーなほうがいいかもしれない、アホじゃ色々困るかもしれない。でも、それで何か困るようなことが起きても、ラッキーは自分でそれを解決できるし、するんです。じゃあ、不安なんてないも同じ。

そういった諸々の不安(リスク)を引き受けて、ラッキーはやりたい事をやりたいようにやっているのです。

 

完成形のラッキー

ジュウオウジャーのみっちゃんは、もがきながら成長して、その軌跡を子供たちに見せてくれました。

ラッキーはというと、ある種の覚悟を持って行動することで子供たちにその背中を見せてくれていると思います。

 

子供たちが憧れる戦隊もののレッドであるラッキーが、子供たちに身につけてほしい“世界に対する態度”を既に持っている。

 例えそれが創作物の中のキャラクターだろうと、一年間ラッキーの在り方に触れ続けることって子供たちにとってとても幸運な事だと思いますよ。だって、身の回りにあんまりラッキーみたいな人(ロールモデル)っていませんもん。

「お前らラッキーだな!一年間俺のスーパーポジティブな言動に触れることができるんだからな!」ってことです。

 

実際、何かよくなさそうな事が起こった時、とりあえず「よっしゃラッキー!」と言ってみると、脳はその出来事がラッキーな理由を探し始めます。「楽しいから笑顔になるんじゃない、笑顔だから楽しくなるんだ。だから辛い時は口角上げろ!」ってアレと同じです。*1

なので、子供がラッキーの口癖を真似て「よっしゃラッキー!」と口にするようになるだけでも、子供の人生が変わっちゃう可能性だってあるんですよね。

おいおいラッキー!テレビの前の子供たちまで救っちまうのか、お前は…。すげぇな‼‼‼‼‼‼!

 

ネガティブと猜疑心と自己防衛がジューマン、いや充満する(言いたいだけやろ)この時代、テキトーでアホなヒーロー・ラッキーは紛う事なき 憧れのヒーロー だと思います。

 

キュウレンジャーのテーマとは

さて、もうお分かりとは思いますが、私はキュウレンジャーのテーマは、「どんな困難にも立ち向かえる『よっしゃラッキー!』という態度」だと思っています。

このテーマ選定に、今という時代を生きる子供たちへの愛を感じるのは私だけでしょうか?

そうよ!!!! 愛よ!!!!!!!(エルサ)

エルサもこう言ってますので今日はこの辺で。

(おしまい)

 

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*1:「『ラッキー!』と言ってみても、口角上げてもネガティブが止まらない。そもそもそんなことしたら自分の悲しみが否定されたみたいで余計ネガティブになる …。」って人はもうちょっと抜本的な対策が必要かも。別エントリで触れる予定。