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gentle avenger の冒険

キュウレンジャーの感想を心の話を軸に書いてます!セイ!ザ!チェンジ!!!!

キュウレンジャー第5話「9人の究極の救世主」感想 ー夢を諦めないとはー

わーい!!!またブログネタがキラッと閃いたァ!!!!!!!!!*1三十六です!!!!!!!

 

公式によるネタばらしに泣いた第5話でしたが*2スーパー戦隊のロゴがテレビに映り「テュラーーン!」みたいな音が鳴った瞬間、私のIQは一瞬で0になり、ばらされたネタは意識から消え失せ、フロー状態でキュウレンジャーを見ることができました。

心頭滅却すればネタばらしもまた涼し!!!*3

 

ラッキーの夢は食べきれない

私が今回一番印象的だったシーンは、なんといっても!!!!ユメパックンがラッキーの夢を食べて戦意喪失させようとした所です。

 

ユメパックン 「お前の夢、ァ、食ってやる!(ズオォォーーー)」

ラッキー 「もっと食えよ!!!!!ハラ減ってんだろ!!!!!俺の夢はな!ジャークマターをぶっ倒して宇宙を救うことだーーーーーーーーーー!!!!!!!!」

ユメパックン 「こっ…この夢デカすぎるゥゥ!‼!お腹いっぱいパク~~~~~!!!!(ラッキーの夢を食べ過ぎて風船になって飛んでいく)」ちゅどーん(爆発)

ラッキー 「俺の夢!どんなもんだァ!!!!!!」

 

出たーーーーーーー!!!!!ノーガードでノーダメージ出たーーーーーーーーーー!!!!!!!*4

 

まぁー多分「わーラッキーって本当無茶苦茶だよー!」って笑うシーンなんでしょうけど、号泣!!!!!オレ!!!!!!!でしたね。*5

 

ラッキーは、何があっても自分の夢を諦めないんでしょうね。ラッキーの夢は、人から何を言われてもしぼんだり、傷ついたりしないのでしょう。

ラッキーは「自分は夢を叶えられる!!!!」と信じているのです。「俺はジャークマターをぶっ倒せる!」と信じている。

根拠はありません。だから折れないのです。

だからユメパックンはラッキーの夢を食べきれないのです。

 

もしラッキーが「俺は強いし~、運もあるし~、人から好かれるし~…(略)…だから俺はジャークマターをぶっ倒せる!」という信じ方(根拠がある)をしていたとしたら、ユメパックンはきっと、おそらく、ラッキーの夢を食べつくせたと思います。

 

ラッキーは宇宙で一番強くはない。ラッキーは別に特別ツイてもない(私の持論です*6)。ラッキーはどっちかというと第一印象悪い。……

「そうだよ!!!!だからどうした!!!!そんなの関係なく、俺は“ジャークマターをぶっ倒す”がしたいんだよ!‼!そして、俺にはそれができる!!!!!!!」

したいからする。そして、自分にはそれができると信じる。ただそれだけ。

根拠なんて、最初から投げているのです。したいかしたくないか、それだけ。

 

ラッキーは人を信じるのにも自分を信じるのにも、根拠を必要としません。それはひとえにラッキーの心が強いからです。

 

人はなぜ自信に根拠を必要とするのか?

ラッキーはなぜ根拠なく自分を信じることができるのでしょうか。

それは、心の中に自分しかいないからです。

 

えっ、そんなの誰だってそうでしょ?じゃぁねーんです。

人の目を気にする人の心の中には、沢山の“自分以外の人の声”が鳴り響いています。

 

私には漫画家になりたいという夢があった。そんな私の心の中には沢山の“自分以外の人の声”がざわめいていた。

「今時、あなたより絵がうまい人なんてごまんといる。」

「バクチみたいなもんだよ。」

「才能がものをいう世界だよ。」

「親は途方に暮れるだろうなぁ。」

「あれっ?そもそもあなたは絵がうまいの?」

私は、それらの声に対抗して、自分が夢を叶えられる根拠をかき集めました。

でも、根拠を用意すればするほど、夢は霞んでいった。そして、私は一作もまともに漫画を描き上げることなく*7、完成しないイラストばかりを描きながら、だんだんと、夢を諦めていったのです。*8

 

根拠は、“人の目”に対する防御です。

 

人の目とは?

では、私の心の中の奴らはどこから私の中に入ってきたのでしょうか?

入ってきたのではありません。

奴らは、私がおびえて、人を先制攻撃したときに生まれたのです。

 

私が自分に自信をもてず、「あっ、あの人はダメだ。(だから私は大丈夫。ヤッター)」と人を先制攻撃したその視点が、後に私を刺すのです。

 

人の目を気にしているとき、私はその“目”が他人のものだと思っています。

でもそれは全て、過去に、私が人に向けた“目”なのです。

 私の心の中で、さかしらにものを言ってきたあいつらは、全部自分だったのです。

 

ラッキーはなぜノーガードでノーダメージか

ラッキーは人を批判して安心する必要がない。

そして、批判しなければ批判されることもないのです。

だから、どこまでも自由に、ノーガードでしたいことだけしていられる。

自分のしたいこと、夢にまっすぐです。

 

夢にグダグダな過去の私を見たら、ラッキーはこういうでしょう。

「やりたいならしろよ!!!!!!できるさ!!!!!!!!好きなんだから!!!!」

「えっ?やりたくないのか??じゃあやめとけ!したくないことする必要なんかねぇ!!!!!!」

「結局、やりたいのかやりたくないのかどっちだよ。よくわかんねぇぞ!」

シンプル。

 

だからアレですよ。例えば、漫画家になりたい人は、人の漫画や絵を見て、「あっ、この人はへたくそ。」「あっ、この人はセンスない。」「あっ、この人は絵柄が古臭い。」「あっ、この人はコマ割りで視線誘導できてない。」「あっ、この人は…」とか考えるのを即刻!やめましょうね。

それ、全部あなたが描くときに自分に向かってきますよ。

描く前に知識詰め込むのもやめましょう。人を批判するネタ仕込んでるようなもんです。新しく得た知識で人を批判したらしただけ、描けなくなります。

経験者は語るぜぇ?(笑)聞いとけぇ?(マジでマジで。)

 

夢を諦めないとは

人は、生まれ落ちたその時が一番“自分”らしいのかもしれません。

成長すればするほど、“自分”を諦めてなくてはならない(っぽく感じる ※大事)ことが増えていきます。そうして、大人のふりをして、“自分”を諦めるたびに、一番近いはずの“自分”からどんどん、遠ざかっていきます。

大人のふりして諦めたら奇跡のなぞなぞがとけねぇんだよォォォーーーーーー!!!!!!!

とまれ、そうこうしてる内に、自分が何をしたいのか*9、何が好きなのか*10、わからなくなっていく。自分の事なのに。

 

夢を諦めないとは、自分自身であり続けるという覚悟です。

 

 

ラッキーは希望

夢を諦めたことのある私は、どこまでも夢にまっすぐなラッキーの姿を見て、「自分もこうありたかった。」と泣きました。

見てるときはなんで自分が泣いてるかも分かってません。

でも、涙の理由を考えていったとき、私は夢にまっすぐでいられる勇気と覚悟が欲しかったのだと分かりました。そして、大人になったからって夢を諦める必要がないことも。

 

ラッキーは言いました。

「俺!わかった!俺たちが戦うから、みんながジャークマターと戦えると思える!!!!希望が生まれるんだ!!!!」

ラッキー、本当にそうなんだ。

ラッキーの、夢を諦めないその姿に、私は確かに希望を見た。

 

見たんだ!!!!!!!!!!!!!

(おしまい)

 

 

▼見たんだ!!!!!!!!!

*1:覚悟だけでなく他の何かもキマっている可能性。

*2:おいマジで私は怒ったぞ - gentle avenger の冒険 参照

*3:でも公式がネタばらしはマジでやめろ。おばさん、激昂仮面のおじさんになっちゃうよ。

*4:キュウレンジャー第2話「いくぜっ!怪盗BN団」感想 -人は自分を信じる人間のことを裏切れない- - gentle avenger の冒険 参照

*5:私がこうやって書いているとき、冗談抜きでマジで号泣しながら見ています。号泣する私に気づいて息子も「どうしたらいいかわかんねぇ。」みたいな顔してましたね。

*6:キュウレンジャーは何がすごいのか? -テーマ考察- - gentle avenger の冒険 参照

*7:描き上げられるわけありませんよね、だってはじめて描く漫画なんて上手に書けはしないのですから。心の中の奴らになんて言われるかわかったもんじゃありません。夢を諦めないために、描き上げることから逃げる、という訳の分からんことをしていたのです。

*8:あっ、今は心の中の奴らをだいぶぶっ殺せてきたんでまた夢を追いかけまーーす!多分!チョリーーーーース!!!!!!!

*9:自分がスタバに行ったのは、行きたいから?インスタに乗せたいから?

*10:自分がこの漫画が好きなのは、好きだから?流行ってるから?