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gentle avenger の冒険

キュウレンジャーの感想を心の話を軸に書いてます!セイ!ザ!チェンジ!!!!

テキトーさは強さ、軽さは希望 ーラッキーが人を変えられる理由ー

はい、こんにちは。三十六です。

 

先日ね、うちのボクと公園で遊んでたら、5歳くらいの子がたたかいごっこをしていて、なんかずっと「お前の罪を数えろ!」「お前の罪を数えろ!」って言ってるんですよ…。正直、親の顔が見たいって思っちゃいましたね…。

親の顔を見て、肩をわしづかみにして揺さぶりながら、

「息子さん、この年でもう中二病ですか??!!!!センスが早熟ですね!!!!!!私は33ですけど息子さんと趣味合いそうです!!!!!!!!!!てか、息子さん仮面ライダーWが好きなんですか???????絶対リアルタイマーではないですよね!!!!!!!お兄ちゃんと一緒に見て好きになったってのも無理がある年齢だと思うんですけど、なんで知ってるんですか?????!!!!!息子さん、仮面ライダー好きなんですか???????それともご両親の薫陶が!!!!????私まだW見てないんですけど、一緒に見ませんか!!!!!!!!」

って言おうかと、思っちゃいましたねーーーーーーーー!!!!!!!

 

はい、本題。

 

ラッキーはテキトー

ラッキーって基本超テキトーですよね。

なんか、信念とか努力とか、そういうのないですよね。

宇宙の果てを見たいと言っていたかと思えば「俺、キュウレンジャーになりたい!!!」とか言い出すし、目の前で一族郎党皆殺しにされたガウの気持ちも考えずに「キュータマがお前を選ばない理由が分かった!」とか言っちゃうし、会ったばかりのバランスを「俺はバランスを信じる!!!」とか言いながら信じちゃうし…

挙げだしたらキリがありません。だって基本全部テキトーだから!!!!!!!


私の真面目さが孕んでいたもの。

今はこんなですけど、以前の私は真面目でした。真面目を絵にかいたような奴でした。そして自分が真面目であることにプライドもありました。(めんどくさい)

 

自分の話の途中で、軽口でチャチャ入れられたりとかしたらイッッルァァッッッ…!ってなってました。

「話をちゃんと聞けよ!!!!(真面目)」と思いながら、でも“楽しい空気は壊すべきではない(真面目)”ので、ひきつった笑顔で軽口に応えていました(真面目)。

逃げ場のねぇ真面目感!!!!!!!!どこまでいっても真面目!!!!!!!!!

 

多分、以前の私がラッキーを見たら、

「なにこのキャラクター。言動に統一性がなさすぎて、キャラクターとして成立していないじゃないか。しかも仲間に対して無神経だし…。見ててイライラしてくるわ。」

とか思ってたんじゃないですかね。知らんけど。

 

今思えば、当時の私の真面目なパーソナリティっていうのは、他人からの批判に対する恐怖と怒りを内包していました。

批判に対する防御として、批判される余地をつぶしまくった結果が“真面目”でした。

好きで真面目やってるんじゃないんで、好きなように振舞ってる軽い人間が許せませんでした。

そして、批判に対する先制攻撃として、常に周りを批判の目で見ていました。

その結果、その目が全て自分に跳ね返ってきて、ますます真面目さで自分を守るしかなくなっていました。*1

いわゆる、“自分にも他人にも厳しい人”です。ハッキリ言って「お前って重いんだよなー。」なのです。

 

真面目であることはつまらなくて退屈です。*2
真面目であり続けるには努力が必要です。だって、別に真面目でいたくて真面目やってるんじゃないから。本当はしたいことあるのに、我慢して真面目にやってるから努力が必要なんです。

 

全ての事は、深刻に考えようと思えば、どれだけでも深刻に考えることができる。真面目だった私は、物事を想定しうる最大限度の深刻さで捉えることで「私はこんなに深刻に、真面目にやってるんだ、だから文句はないだろう!!!!!」と自分を守っていたのです。
そして、自分が我慢している“自分のしたいこと”を自由にやってる他人に、一人で勝手に怒っていたのです。

やりたいことをしている他人が羨ましい、でも、自分を守っている“真面目”という鎧を今更手放すことはできない。そういう葛藤状態にあったんですね。

 

心が健全でないと人間軽くはなれません。*3


殺されかけてもテキトーなラッキー。

第1話でラッキーが放り出された宇宙空間でキュータマ覚醒して、「よっしゃラッキーーーー!!!!!獅子座流星群だァァァーーー!!!!!」ってジャグジャグに戻ってくるシーンのあまりの軽さに私は「この軽さ、マジで最高だな!!!!!!」と思いました。


宇宙空間に放り出されたんですよ?即ち殺されかけたんですよ?*4

普通なら帰ってくる時のセリフは、最低でも

血だるま剣法ーーーーッッッ!!!!!おのれらに告ぐーーーーーーーッッッッ!!!!!!」

ぐらいにはなりますよ。*5

恨みつらみ怒り憎しみに捕らわれまくってるはずです。


そこをラッキーは「よっしゃラッキーーーー!!!!!獅子座流星群だァァァーーー!!!!!」ですよ!!!!!!

なんて軽いんだ!!!!!ラッキー!本当にお前の心はダイヤモンドだな!!!!!!!

たかだか殺されかけた程度では、自分の価値を疑わないんだな!!!!!!!!

 

私は、笑いながら、ラッキーの輝くダイヤモンドのような心の強さに感動しました。

覚悟の決まった軽さは、人を笑いながら感動させてくれるのです。
そして、人を覚悟へと促してくれる。だって、軽さは相手に何も強制していないから。

覚悟を決めることを強制されていたら、人間覚悟は決まりません。覚悟を決めるか決めないか、その選択が完全に自分に委ねられて初めて人は覚悟を決める気になるのです。

 

重い奴からは逃げる一択です。でも、軽い奴相手は何をしようが自由なのです。そんな時、覚悟は決まるのです。

ラッキーがチキュウ人に「お前ら!!!!!!!俺たちが戦ってんのが見えんのかい!!!!!!ちょっとは加勢しようとかないんかよ!!!!!!!!どこまで性根が腐ってんだ!!!!!!!!」(激重)とか言ってたら、チキュウ人は戦う気にならない所か、ラッキーたちを敵とみなしたでしょう。

 

軽さは希望なのです。

 

ラッキーは、軽いから、人を変えられるのです。

 

テキトーさ≠相手を軽んじる

相手を信じていなければ、相手の意思を尊重していなければ、相手の自由を尊重していなければ、テキトーではいれないのです。

テキトーであることと、相手をテキトーに扱うことは違います。

 

冒頭、私は「目の前で一族郎党皆殺しにされたガウの気持ちも考えずに『キュータマがお前を選ばない理由が分かった!』とか言っちゃうし、」と書きました。

ラッキーはガウの気持ちを考えていないのではないのです。

ガウの気持ちを尊重しているからこそ、ガウが自分でも気づいていない本心にラッキーは呼びかけることができたのです。
ガウの自分でも気づいていない本心が、ラッキーの透徹した視線には見えているのです。

 

「一族郎党を皆殺しにされてなにもしたくない。」というのは、「ジャークマターと戦いたい!」という自分の本心から逃げるために、ガウが自分についていた嘘だったのです。
ラッキーはガウを尊重しているから、ガウの嘘を取り合わなかったのです。

「嘘ついてんじゃねぇ!!!!!本当のお前自身を開放しろ!!!!!!!」と殴り合ったのです。


私の軽さ

別に「俺は軽くあるべきだ!!!!!務めて軽くふるまうぜァァーーーーーーー!!!!!(真面目)」と思ってはいませんが、私も以前から言えばほぼ別人レベルに軽くなりました。

 

直前のエントリで書いたように、私はいわゆる“毒親”に育てられました。

以前の私は、人から「誰にでもあるような親への不満を大げさに騒ぎ立ててるだけじゃん。終わらない反抗期かよ。」と言われるのが何より怖かった。

でも、今は「お前は絶対そんな複雑な育ち方してねぇだろ!!!!!!」と言われたい。それは私にとって最大級の賛辞です。

 

そして、その私の軽さ、テキトーさが希望になる人たちが必ずいると思っています。*6

 

真面目であることは努力を要します。テキトーであることは覚悟を要します。

努力は継続的ですが、覚悟は一瞬です。

私は、覚悟をススメます。

(おしまい) 

 

▼明日やんけ~次のキュウレンジャー明日やんけ~~~!!!!ワクワクするわーー!

*1:キュウレンジャー第5話「9人の究極の救世主」感想 ー夢を諦めないとはー - gentle avenger の冒険 参照。たまごにわとり問題ですけどね。

*2:それが必要な所で 適 宜 発揮されるものであれば、いいんですけどね。例えば、“遊んでるときも真面目”ってのは、だいぶ生き辛いメーター上がってますよ。俺の事かーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!

*3:軽さで自分を守っている人もいますけどね。そういう奴は結局重いんだよォ!!!!!

*4:キュウレンジャーは敵も覚悟決まってて、マジで殺しにきますよね。覚悟決まってる敵ってのはいいもんです。ドン・アルマゲ様に忠誠を誓いながら爆死したエリードロン、嫌いじゃない。

*5:〜 そして伝説(放送禁止)へ 〜

*6:あっ、真面目だなー!テキトーさに理由を求める所がまだまだ私も真面目だー!別にいいんだけどね。真面目でも。(テキトー